残したい思い出があります。
消してはいけない想いがあります。

残したい思い出があります。
消してはいけない想いがあります。

かつて、ここには鉄道がありました。
かつて、ここには学校がありました。
かつて、ここには商店がありました。

多くの子供達や家族が楽しい思い出をつくり
多くの人々が共に汗を流して暮らしていました。

1964年頃の相生(あいおい)

時が過ぎ、時代の流れと共に人々が去り
かつてあったモノの多くは無くなり
空き家ばかりが目立つ過疎の村となりました。
ただ、ふるさと「あいおい」を想う人々の
あたたかい気持ちは消えずに灯り続けていました。

そのあたたかい気持は2003年
ついに「道の駅あいおい」として
住む人、行き交う人々の心を
あたためることとなったのです。

かつて、ここには鉄道がありました。
かつて、ここには学校がありました。
かつて、ここには商店がありました。

多くの子供達や家族が楽しい思い出をつくり
多くの人々が共に汗を流して暮らしていました。

時が過ぎ、時代の流れと共に人々が去り
かつてあったモノの多くは無くなり
空き家ばかりが目立つ過疎の村となりました。
ただ、ふるさと「あいおい」を想う人々の
あたたかい気持ちは消えずに灯り続けていました。

そのあたたかい気持は2003年
ついに「道の駅あいおい」として
住む人、行き交う人々の心を
あたためることとなったのです。

高橋 護 写真集「レンズの瞬き」

津別町上里に生まれ、その後、津別町相生に移り住み、郵便局員等の仕事の傍ら、相生やその周辺の自然、相生の人々の生活、家族などの写真を撮影した。 昭和60年に、それまで国内の公募展に応募し入選した作品を集めて、写真集「レンズの瞬き」をごく少部数を自費制作した。

あいおいの歴史

あいおいの誕生から現在までを、
当時の写真つきで振り返ります。

木の香ただよう山のオアシス

網走と釧路を結ぶ国道240号線沿いの森の中にある道の駅「あいおい」。豊かな自然に囲まれたこの場所には、心落ち着く景観とおいしいグルメがいっぱい!あいおいに受け継がれる伝説の豆腐、味自慢の人気のそば、そして全国にファンを有するクマヤキに、地元で採れた新鮮野菜まで並びます。お腹を満たしたあとは、春には桜、秋には紅葉を楽しめる「相生鉄道公園」でおいしい空気を体いっぱいに取り込んで。旅の疲れを癒す山のオアシス、道の駅「あいおい」にぜひお立ち寄りください。

まんまるお腹にみんなが夢中

ぷっくりクマヤキ召し上がれ

道の駅「あいおい物産館」は

美味しさがいっぱい!

じっくりゆっくり見てほしい

あいおいの見どころ

道の駅「あいおい」の建物すぐそばにある、オレンジ色が特徴の「クマヤキハウス」では、焼きたて・作りたてのクマヤキをご提供。休日にはクマヤキを求めてお客様が列をなす姿も。

道の駅「あいおい」内、相生物産館には、自家製豆乳を使用した手作り豆腐をはじめ、味自慢の人気のそばを提供する飲食コーナー、各種お土産品を販売する売店があります。大人気の「クマヤキグッズ」もこちらで購入可能です。

「相生鉄道公園」は、旧国鉄時代に使われていた相生駅駅舎と、当時活躍した車両を残す鉄道公園です。周辺に植えられた木々が、季節の変わり目を色彩で伝えてくれる彩り豊かなスポットです。

イラストレーターで造形作家の「大西重成」さんの私設美術館「シゲチャンランド」。道の駅あいおいの人気商品「クマヤキ」のデザインを担当した大西さんのアートが溢れる場所。

生まれも育ちもあいおいの私が、道の駅「あいおい」の運営に携ることになったのが2015年のことです。活気に満ちていた時代から今まで、移りゆくあいおいの姿を見てきました。現在、この地に住まう人は少なくなりましたが、訪れる人は増えています。津別町の中でも、もっとも多くの人が訪れる場所と言っても過言ではないでしょう。釧路側からみると、ここは津別町の“はじまりの場所”です。津別町を内外に伝える情報の発信基地として、今後もこの地の魅力を道の駅「あいおい」から伝えてまいります。

株式会社相生振興公社 取締役統括部長

伊藤 同

Tシャツ
クマヤキTシャツ
マスク6種-3
クマヤキマスク
トートバッグ2種-2
クマヤキトートバッグ
ハンドタオル-4
クマヤキハンドタオル
バックチャーム生クマ-7
クマヤキバッグチャーム